シェア先生の授業リポート

2009/01/16
長崎県 県立諫早商業高等学校の巻

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平和公園から浦上天主堂を望む

原爆落下中心地に立つ。当時の人々の悲しみや叫びといった惨状を思うと心が痛み震える。今の日本の平和にありがたみを感じると同時に子供たちの未来が平和であるようにと祈り手を合わせる。平和公園から「祈りの城」浦上天主堂の近くに来ると道路端の外壁に文字が刻まれている。
「こよなく晴れた 青空を 悲しと思う せつなさよ うねりの波の 人の世に はかなく生きる 野の花よ なぐさめ はげまし 長崎の あゝ 長崎の鐘が鳴る~」。懐かしくもあり好きな曲の一つ『長崎の鐘』の歌詞である。緑豊かな山々、紺碧の入り江、丘にはカラフルな建物に庭。美しい自然と異国情緒あふれる街、それが長崎である。その長崎から鉄道で20分足らずで諫早駅に着く。長崎県の中央に位置し、有明海、大村湾、橘湾と3つの海に面した諫早市は交通の要として古くから知られている。

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「諫早といえば眼鏡橋」諫早の象徴、広く知られている石橋

諫早には石橋では日本で最初に重要文化財に指定された眼鏡橋がある。長崎の眼鏡橋を見本にしたとのことだが、今から約170年前、当時の領主・領民が大洪水にあっても耐えられるようにとの願いを込めて諫早の大動脈「本明川」に架けた石造りのアーチ橋である。
1957年7月のこと。この諫早を一日約1000ミリといわれる未曾有の集中豪雨が突如襲った。死者行方不明者630人と多くの尊い命が奪われ莫大な被害を受けた。このアーチ橋の組立石も流木などで相当ダメージを受けた。だが、まったく歪みは見せなかったそうである。流石、不壊の石橋とうたわれただけはある。
今では諫早公園内に移築復元され多くの人々が観光に訪れている。


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高台にそびえる県立諫早商業高等学校の体育館

さて、授業。商業科約90人の生徒が対象である。小生の授業は生徒の間を歩き回っては問いかける。生徒とはコミュニケーションを大切にして少しでも気持ちの通い合う授業にしたいからである。マイクを向けると戸惑いを見せながらも笑顔で応えてくれる。そうこうしているうちにいつの間にか授業は終盤へ。世界金融危機と経済・暮らしへの影響を概説する「生徒12人によるロールプレー」、企業の創意工夫を体感する「コンビニおにぎりの味比べ」、フィナーレは以前東証の株券売買立会場で注文伝達に交わされていた「手サインの披露」だ。クライマックスに達したところで「39(ありがとう)」「3470(さようなら)」と、お礼と別れの挨拶を手サインで行う。
今日も楽しいひと時をいただいた。



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「圧巻!12人ロールプレー」(金融危機と景気低迷)

今回の出前授業の実現は、中村校長先生、中園教頭先生の深いご理解の賜物である。また、当日の設営・運営に担当の西教諭、早田教諭からいただいた多大なるご尽力に対しては心よりありがたく思った。

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